大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成9年(す)114号 決定 1997年5月30日

申立人

株式会社 安田住宅

右代表者代表取締役

安田稔

安田稔

右の者らに対する各法人税法違反被告事件(平成八年あ第二六八号)について、平成九年五月九日当裁判所がした各上告棄却の決定に対し、各異議の申立て(標題は判決訂正の申立て)があったが、右各申立てはいずれも刑訴法四一四条、三八六条二項、三八五条二項、四二二条に定める期間の経過後にされた不適法なものであるから、当裁判所は、裁判官全員一致の意見で、次のとおり決定する。

主文

本件各申立てを棄却する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 山口繁)

平成八年(あ)第二六八号

法人税法違反 被告人 株式会社安田住宅

被告人 安田稔

上告趣意書

頭書事件の上告の趣意は、左記のとおりである。

平成八年七月九日

右弁護人 和田衛

同 市村英彦

最高裁判所第三小法廷 御中

第一 はじめに

原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反することが明らかである。

原判決は、一審判決に対する被告人両名の多くの点にわたる事実誤認の主張を、いずれも排斥した。

被告人両名としては、すべての認定に不服であるが、上告理由の制限に鑑み、その中で、単なる事実誤認にとどまらず、法人税法における脱税額の認定のあり方という一般的な観点から到底容認できず、著しく正義に反している点に限定して、上告の理由として主張し、最高裁判所による是正をお願いするものである。

第二 原判決の誤り

一 原判決は、「ヨシバ建設に一旦流れた金員の行方の全容は明らかでない」とした上で、「吉羽宏四郎が取得した金員は、脱税協力に対する報酬として支払われたもの、ないしは、被告会社の業務とは何ら関連のない被告人の個人的思惑に基づく簿外資金の流用として支払われたものに過ぎないと認めるのが相当である」と判示した。

しかし、控訴趣意書でも詳述したところであるが、右の判示は以下の点において、誤っている。

1 控訴審までの審理を通じて、被告会社から共犯者であり脱税協力者とされた吉羽宏四郎に一旦支出された金員が、被告会社ないし被告人に還流されたとして立証された金額は、ごく僅かである。

脱税の主な部分を占めたのは、西方ゴルフ場開発に当たっての架空仕入れであるが、吉羽宏四郎及び被告人の供述によるとその架空仕入れ(仮装経費計上)認定額約六億八千万円の内、吉羽宏四郎が実質的に取得した金額は、四億三六〇〇万円にのぼる。

検察官は、このような吉羽宏四郎や被告人の供述を信用できない旨指摘したが、他方で、吉羽宏四郎がいくらを取得し、被告人にいくら還流したのかを、立証できなかったのである。本件は、検察官が、脱税事件の基本である資産増減法による解明をなしえなかったという、極めて特殊な事件である。

弁護人は、吉羽宏四郎及び被告人の供述が信用できる旨を、吉羽宏四郎のその当時の借入金返済などの具体的使途を明らかにすることによって立証をなした。それらは、借入金返済によって吉羽宏四郎が回収した約束手形といった物証や現実に借入金の返済を受けた向井忠幸の証言などによって、十分に裏付けられたものと確信した。

しかし、原判決は、これらの立証を排斥し、結局、被告会社が吉羽宏四郎に支出した経費の内、被告人ないし被告会社に幾らが還流になり、吉羽宏四郎が幾らを取得したのかの認定を避けたのである。

2 本件において、右の最終的な金員の流れについて、検察官が立証できた事実はごく僅かであり、被告人及び吉羽宏四郎の供述に反する証拠も何ら提出できなかったのである。原判決が、弁護人の主張に反する証拠がないにもかかわらず、被告人及び吉羽宏四郎の供述を信用できないとして、吉羽宏四郎が実質的に取得した金額、ひいては、被告会社が仮装経費の支出と還流によって、実質的に取得した金額の認定を避けたことは、事実認定のあり方を誤ったものといわざるを得ない。

右の点の金額が幾らなのかによって、本件の脱税金額が当然変わってくるのである。実際に被告会社の支出した金額がどの程度であったのかを認定もできずに、その表向きの支出金額の全部が脱税額であるといった認定が、どうしてできるのか、全く理解できない。法人税法における脱税認定の基本は、法人の現実の支出分は幾らなのか、それは、経費性があるのかどうかである。支出額の大凡の確定もできない認定で、どうしてその支出の理由ひいては、経費性の存否についての判断ができるのであろうか。

本件においては、右に述べたとおり、弁護人は吉羽宏四郎が最終的に幾らを取得したのかについての立証を十分にしているのであり、検察官はそれに反する立証をなし得なかったのである。検察官の主張をそのまま受け入れた原判決は、弁護人の主張と立証では、吉羽宏四郎が取得した金額が余りにも多いためか、それらの証拠どおりの認定を避け、これを排斥する証拠がないのに、あえて右の金額の認定を避けたのであり、いわば証拠による認定という立場を放棄したものである。

3 弁護人の立証結果では、西方ゴルフで架空経費支出とされた約六億八千万円の内、吉羽宏四郎が実質的に取得した金額は、四億三六〇〇万円である。その詳細は、控訴趣意書の別紙五として纏めたとおりである。

被告人両名としては、脱税金が被告人なり被告会社が取得したのなら仕方ないが、このように、吉羽宏四郎の方が三分の二の金額を最終的に取得したにもかかわらず、その全額が原判決のいうような脱税協力に対する報酬ないし被告人の個人的な思惑による支出であるといった認定を受けては、堪らないというのが、率直なところであり、やはり、原判決の認定のあり方そのものに誤りがあると確信する。

4 原審でも、詳細に主張したとおり、法人税の税率が三七・五パーセントであることからして、これを越えるような脱税協力に対する報酬など、およそあり得ない。脱税協力者やいわゆるB勘屋に対する報酬は、仮装経費の一割位が相場である。

右に述べたような仮装経費の三分の二を相手方が取得するような脱税などおよそ存在しえないのである。

本件西方ゴルフの関係では、検察官が認めざるを得なかった吉羽宏四郎の取得額(口座などの動かしがたい物証によって、吉羽宏四郎の使途に供されたことが明白なものだけに限定)だけを見ても、九七〇〇万円に達しているのであり、全体が脱税協力金であるという原判決のような見方自体が誤りであることは、明白である。

少なくとも、吉羽宏四郎が幾らを取得したのかについて、もっと審理を尽くすべきであったことは明白である。

二 原判決は、西方ゴルフ関連での被告会社の吉羽宏四郎に対する支出について、右に述べたとおり、最終的に被告人ないし被告会社に幾らが還流され、吉羽宏四郎が幾らを取得したのかという事実、つまりは、被告会社の実質的な支出額が幾らであるのかの認定を避けた上、被告会社の形式的な支出額全体が脱税であり、その支出には、一切経費性が認められない旨判示した。

原判決は、吉羽宏四郎のゴルフ場用地の地上げに対する報酬性や国土法違反行為に対する報酬性などを一切否定し、何らの意味でも右支出に経費性を認めなかった。

しかし、このような判示は、次に述べるとおり、脱税額の認定についての基本的な誤りを犯しているものである。

1 弁護人としては、吉羽宏四郎が全くの名義だけであったとの認定であるならば、仕方ないが、吉羽宏四郎が西方ゴルフ場用地地上げの過程でさまざまの行為を行ったこと自体は事実であり、原判決もその一部はこれを認めざるを得なかったのであり、その価値をどう評価するかは別にしても、これが被告会社のゴルフ場開発に寄与したことは間違いないのであるから、一切の経費性を認めないというのは、経費に関する考え方自体が誤っているとしか言いようがなく、到底納得できない。

吉羽宏四郎が仮に脱税協力者であったとしても、それがために吉羽宏四郎が現実にゴルフ場開発のために行った被告会社に有用な行為が、一切損金として認められず、すべてが脱税報酬になってしまう、という理屈は到底納得できるものではない。

2 吉羽宏四郎が、西方ゴルフ開発にどのような有用な行為をなしたかについては、原審の控訴趣意書三六頁ないし四八頁において詳述したとおりである。

原判決も、吉羽宏四郎が実弟の吉羽徹真と共に、地上げ対象地の地権者方に赴いていた事実や、吉羽宏四郎が被告人の依頼を受けて、ゴルフ場開発のための事前協議の対象区域外の用地約一〇ヘクタールを更に取得する必要が生じたため、同土地について国土法所定の届出手続きを履行する時間的余裕がなかったことから、同法に違反して吉羽宏四郎名義で所有権を取得して、この旨の所有権移転登記をしたことの事実は、これらを認めている。

これらの事実を認めながら、どうして被告会社から吉羽宏四郎に対する支払額について、一切経費性が認められないのか。

仮に、吉羽宏四郎に裏金還流のための依頼をし、同人が脱税の協力者であったとしても、このような被告会社のゴルフ場開発に有用な行為について、一切の経費性を認めないことは、法人税法の基本的な理解を誤ったもので、許されない認定と言わねばならない。

3 とりわけ、右の国土法所定の届出手続きを履行しないで、吉羽宏四郎名義で所有権を取得した行為は、本件ゴルフ場開発にとって極めて重要な行為であった。同土地をこのような手段を用いてでも、先行取得をしておくことが、競合していたゴルフ場予定地に対する対抗策として、どうしても必要であった。

土地の先行取得という行為は、このような開発プロジェクトにおいては、極めて重要な意味を持つのである。このような土地の先行取得に吉羽宏四郎が果たした役割は、極めて大きかったのであり、これができなければ、本件ゴルフ場開発は頓挫していたのである。

この意味で、被告人は、何億もの支払価値のあった有用な行為であった旨供述しているのである。

4 弁護人は、吉羽宏四郎に対する支払額中、同人の行為の有用性を考慮して、その支払額中、一部を経費と認定するという割合的認定がなされるべきである旨を主張した(控訴趣意書五〇頁)。

しかし、原判決は、そもそも吉羽宏四郎への支払額自体の認定を避けたために、このような有用な部分についての割合的な認定をすることができず、結局その金額の如何にかかわらず、すべて経費としては認められない、といった乱暴な認定にならざるを得なかったものである。

しかし、被告会社の事業上有用な行為について、一切経費性がないといったことは有り得ないのであり、原判決の認定方法が誤りであることは明らかである。

この支払いが、脱税報酬と一体不可分な支払いであるからとはいえ、割合的な認定をしないで、すべてを脱税とすることは、事実誤認であるとともに、法人税法の解釈そのものを誤るものであるといえ、到底許されないものである。

最高裁判所におかれては、法人税法の解釈の誤りを是正するためにも、速やかに原判決を破棄いただきたい。

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